30歳と借金200万

MacBookが買えなかった

会社の、15年前のオンボロパソコンで仕事をするよりも、自分のパソコンの方が何倍も作業が捗る。会社に「新しいパソコンを買って欲しい!」と何度も懇願しているが多分無理だろう。壊れない限り買ってくれない。最近は毎日iMacを会社に持っていくのだが、これはとても面倒だし、壊れるリスクもある。ていうかデスクトップPC持って出勤なんて聞いたことない。

だから、思い切って自己投資だと思い、25万円のMacBookを10回払いで買おうと思ったら、クレジットカードが通らなかった。ショックだった。25万円のローンすらも組めない。それくらいの信用もない自分に落ち込んだ。お金は、信用を数値化したものとよくいうが、私の社会的な信用はもはや今、0に等しい。前回のブログで書いた「ブログの価値」も0であれば、「社会的信用」も0。貯金も0。0×0は0なのだ。バカボンのパパなのだ。

そうして、MacBookは諦めた。カップラーメンが2つできるくらい起動が遅いオンボロのパソコンで、また仕事をしなければならない。

負のループ、どうしてこうなった?

それは私がこれまでお金について本気で考えてこなかったからだ。

「世の中はカネが全て」と言い放った父

私がまだ高校1年生だった頃。ある夕方、父が運転する車の助手席に座って、外の景色を眺めていた。父はいつも携帯電話で誰かと話していた。電話が落ち着くと父は、私に唐突にこう言い放った。「むねたか、世の中はカネや。カネが全てや。ぎょーさんカネ持っとるやつがえらいんや。」そのとき私は生返事をしたが、心の中では「絶対に違う」と思った。小さいころから家族のために一生懸命働いた父親のお金に対する価値観はそのようなものだった。

堕落した大学生活

幼少期からお金に困る生活は送らなかった。ほとんど一人っ子のようなもんだったし、大体欲しいものは買ってくれた。18歳で沖縄に来るまでは、アルバイトもしたことがなかった。

大学時代は非常に怠惰な10~20代を送った。今振り返ると、夢の中をさまよっているようだった。生活は荒れていた。当時は親からの仕送りと自分のアルバイトのお金で、お金に余裕があった(と勘違いしてた)ので、遊びに遊んだ。大学にはろくに行かず、音楽や飲み会、楽しいと思ったものには片っ端から首を突っ込み、疲れたら部屋にひきこもって酒を飲んだ。「自分には特別な才能があり、いずれ絶対に成功できる」という、なんの根拠のない自信と、「なんとかなるさ」という楽観的な考えが重なり、楽な方、楽な方に自分の身を置いていった。そのような生活を何年か続けていると、だんだんと脳裏に「この楽している時間の代償は、いつか自分に返ってくるだろうな」と思うようになった。事実、バンドを解散したあとの生活は、精神的にも、金銭的にも惨憺たるもので、地の底を這いずり回っている心地だった。

お金のことを考え始める

私はいま月15万円の収入で生活している。

日頃は米を炊き自炊をし、週2くらいで友達と外食する。服は基本、人からのもらい物で、ときどきユニクロやスーパーの衣料品コーナーで下着やズボンを買う。タバコも酒もやらず、風俗にも行かない。大好きな映画館にもめったに行かずNetflixで満足させている。

散髪は1000円カット。坊主なので、シャンプーとリンスは買わずに、ボディソープだけ。母親には毎月1万円の仕送り(ときどき送らない月もある。)

数ヶ月に一回、友人の結婚式で1~3万円の祝儀を包み、場合によっては遠方まで足を運ぶ。旅費やホテル代もたかだか数万円だ。こんなごく普通の、特に贅沢もしていない生活で何故、貯金できないのだろう?

ふと、考えた。

私の年齢まで順調に人生を歩んできた人なら(例えば4年制大学を卒業し、専門職について、29歳まで7年間真面目に働いていれば)、おそらく手取りで月30万円ほどもらい、ボーナスも年間100万くらいもらってるだろう。年収500万円前後となる。

そういう人たちは、10代前半からコツコツ勉強して、手に職をつけるなり、大卒を経て大手企業に就職したり、手堅く公務員になる。自分を分析して、できるだけたくさんのお金を安定して得られる方法を考え、そのために努力した人間だ。

つまり何が言いたいかというと、お金のことを考えないで生きてきた結果が今の自分で、それは別に驚くような結果ではない、なるべくしてなった結果なのだ。

だから、この「30歳と借金200万」というタイトル変えた。毎日見るブログのタイトルがこれなら、常に意識する。

この奮闘が誰かの役に立ちますように

私はいま29歳(来年1月で30歳)、現在200万円以上借金をしている。

5年前、バイク事故で相手の車に支払った15万円は、兄貴に借りている。

3年前、バンドで上京するときにお金が全然なくて、ジョージに借りた10万円。

おじさんに借りた3年分の大学の授業料、165万円。

これは、私に課せられた使命なのだ。父はお金に翻弄され、病床で金のことを考えながら、死んでいった。私にはできると思っている。そして、世の中の人と考えを共有して、少しでも私の奮闘する姿が、誰かの役に立ってばいい、誰かの勇気になればいいと思い、このように全てさらけ出すことにした。

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